大学生の僕が、今伝えたい事。

『Do you know』をテーマに未来の鍵を見つけるブログ。

食を応援して、東北を元気にしたい。

 仙台市の奥座敷として知られる秋保温泉郷にある仙台秋保醸造所、通称『秋保ワイナリー』。

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 秋保ワイナリーは、2014年3月に設立し、2015年2月にオープンした。当時は県内唯一のワイナリー。(現在は宮城県内では2ヶ所、2020年までに5ヶ所になる予定。)

 

 2haの自社農園を持ち、黒グレーを基調としたモダンな建物で、お洒落な空間にはcafeスペースとワインの販売を行っている。

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 この秋保ワイナリーの代表取締役 毛利 親房様にお話をお伺いした。開口一番、毛利さんは『東北を元気にしたい。ワインはその手段だ。』そう言い切った。そんな毛利さんの熱い想いの裏にあるストーリーをお伝えしたい。

 

復興の為に手助けしたい
 毛利さんは7才までを父の仕事の関係でアメリカで過ごし、帰国後仙台の小学校に2年生から5年生の2学期まで通い、以後高校生までを山口県、東京の大学へ進学し、東京で就職し14年前大手設計事務所に転職した。 毛利さんにとって、幼いころは東北には縁はあったが、特別に強い想いはなかったそうだ。しかし、転職した設計事務所が東北発祥だった影響もあり、勤務地が仙台になりJR女川駅に併設する温泉、『ゆぽっぽ』の設計担当をしていた。

 

 そんな時に、東日本大震災が起きた。毛利さんは東北六県の管轄、営業から全てを担当し、震災担当として被災状況の確認や被災地調査を推し進めてきました。
毛利さん自身も震災直後、仲間と共に被災現場へ行った。行き道は、歓談する余裕があったが、被災現場を見た帰りは、皆が無言で帰り、被害が特に甚大だった大川小学校にはとてもではないけれども、行く精神的体力がなかった。震災による瓦礫の山頂の光景は、今でも忘れられなく、報道にない現実がそこにはあった。だからこそ、『復興の為に何か手助けをしたい。』 理屈ではなく、心が自然とそう思えたそうだ。

 

ワイナリーとの出会い

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 それから、復興会議に参加するようになり、農家や漁師、学生、広告代理店、行政などこれまで出会わなかった方と出会った。そして会議では、ワイン生産の話が出た。しかし、山元町に唯一あったワイナリーは津波で流され、社長の方も亡くなり後継者もいなかった。また、ぶどうの生産が全国44位の宮城県。そのため誰も、やろうとしなかった。その会議で、農家さん、漁師さんの被害状況を知った。元々、三陸金華山沖は世界三大漁港と呼ばれ日本一豊富な漁場です。

 

 しかし、震災以後、漁獲量が減りまた風評被害にも苦しんでいた。そんな方達の話を聞き毛利さんは、『ワイナリーを作って地元の食を応援しよう』とアイデアを出した。ワインであれば食材とのマリアージュは非常に合うし、造ったワインが売れる事でマリアージュする地元の食材も売れる。ワインであれば、農家さんや漁師さんを少しでも手助けできるかもしれない。
 

会議が終わった後、牡蠣漁師の方が毛利さんの所へやって来て、『今日は久しぶりにワクワクした。俺達も頑張るからあんたも頑張ってくれ』
この一言が毛利さんの背中を強く押した。

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全ての不安を吹き飛ばした一言。
 しかし、毛利さんはお酒も付き合い程度でワインの知識も殆ど無かった。その為、サラリーマンをしながら、夜行バスで山形のワイナリーに行き泊まりで仕込みを勉強し、海外のワインリサーチも始めた。経験を重ね、調べを続ける事でワイナリーの成功への疑いが徐々に確信に変わっていった。

 

 ただ、毛利さんには3人の家族がいた。サラリーマンを辞めて起業する事に躊躇いもあった。ワイナリーをやろうとしても、周囲から反対され、精神的にも落ち込んでいた。もうワイナリーを諦めよう、そう思った時、奥様からまさかの一言が返ってきた。
『ここまできたらとことんやりなさい。事業に失敗して家が無くなっても実家に住んだらいいし、家族4人いたら何とかなる。』
当時、奥様のお腹には二人目の子どもを授かっていた。奥様からの意外な叱咤激励を受け、奥様の強さを毛利さんは強く強く実感すると同時に、全ての不安が吹き飛ばされた。

たくさんの人に応援してもらった。まだ恩返し出来てない。
 このワイナリーを創設するのには、沢山の人の支えがあったと毛利さんは言う。 三菱商事の方は、毎年毎年ボランティアとしてワイナリー建設を資金面からも支えてくれ、一般のボランティアの方は述べ400人以上は来てくれたそうです。そんな多くの人の想いが込められ出来たワイナリーだからこそ、多くの人に恩返したいと毛利さんは強く言う。

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 以前あった秋保ワイナリーのシードルの試飲会の時に、原料のりんごを生産した方が凄く喜んでくれたそうです。「今までは、りんごをそのまま売るだけだったけれども、こんなにも美味しいワインになって、多くの人に色んな所で自分が作ったりんごを楽しんでくれて嬉しい。」 農家さんや漁師さんを手助けしたく始めた事業。この一言の喜びは言葉で表現出来ないほどだろう。人が喜んでくれる姿を見る事が嬉しいと幾度となく言っていた毛利さん。大きい家に住むや大富豪になる事が目標ではなく、ただただ多くの人に恩返しをしたい、喜んでもらいたい。そして何よりも東北を元気にしたい。毛利さんの強い願い、夢は今もどこかで叶っているのかもしれない。

 

被災地だからでは通用しない。
  最近、新たなプロジェクトが始まった。それが『テロワージュ宮城』
テロワール(terroir) →気候、風土と人の営み
マリアージュ(marriage) →食とお酒のマッチング
この二つを組み合わせた造語。つまり、現地の旬な美味しい食材とお酒のマッチングを紹介する食を応援するプロジェクト。
農家さんや漁師さんを手助けしたい思いから始まったワイナリー事業だからこそ、農家さんや漁師さんとのコラボにこだわった。
例えば、多くの人が旅行に行って悩むのが食事。せっかく、○○に来たら○○にしかない食べ物を食べたい。そう思うけど、いざインターネットで調べると出てくるのはチェーン店だったり、信じていいのか分からないまとめサイト。この旅行での食事を最適化してくれるのが『テロワージュ宮城。』このサイトには、地元の食材しか載っていない。そして、この食材にはこのワイン、お酒が合うと写真付きで載っている。そして大切なのはここからです。このサイトでは、この食材、お酒がどうやって作られたかのストーリーが紹介されてます。
例えば、『この牡蠣をとった漁師さんはこんな想いで~』のような形です。生産者の想い、食のストーリーが分かって食べると美味しさが全く違いますよね。
 

 被災地があるから東北に行こうでは、長期的な目線では上手くいかない。宮城県には『食』という大きな武器がある。『美味しい食材と美味しいお酒があるから宮城に行こう。』ここを目指してこのプロジェクトを現在進めている。

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ただ、被災地支援は継続していかないといけない。秋保ワイナリーではシードルの売上の一部を、「特定非営利活動法人STORIA」、「公益社団法人チャンスフォーチルドレン」へ寄付をしている。この目的は、震災で両親を亡くした子どもたちを支援したい想いからだ。
長期的な被災地支援も欠かすことなく続け、新たなプロジェクトを始め、『今が一番楽しい。』そう仰る毛利さんを見て、これからの宮城県がさらに魅力的な街になりそうな予感がした。

取材を終えて。

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 今回、この取材を通して毛利さんの熱い想いに非常に心打たれました。ただ、熱さの中に暖かさ、優しいさも感じました。この記事で紹介できた事は、秋保ワイナリーの歴史の中でもほんの一部です。実際に現地へ行って、見て、聞いて、匂って、雰囲気を感じないと分からない事も多くあります。秋保ワイナリーのワインは基本的にネット販売をやっていません。現地で飲むからこそ価値がある。もし、機会あれば是非秋保ワイナリーに皆さん行ってみてください。
Caféで飲める葡萄ジュースがおすすめです。また、夏になるとグランピングするかもしれないので、行きたい方はFacebookを要チェックです。